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ボンソワー、ズッカです!

リヨンで生活を始めてすでに2ヶ月が経ちました。

正直、リヨンに来てからの生活というのはラクではないです。

最近まで、今まで感じたことのない孤独感だったり疎外感を感じて、それに呑まれかかっていました。

その前に、これまでの月毎のまとめ記事は以下から!

 

 

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渡仏10ヶ月経過

 

渡仏からは10ヶ月が過ぎ、リヨンに引っ越してからは2ヶ月が過ぎました。

リヨンでの生活はと言うと、1ヶ月が経つまでは生活は手探りな感じで、2ヶ月が経つと生活にも慣れてきて、今はだんだんと現実が見えて来たというのが正直なところでしょうか。良くも悪くも、生活の基盤が出来上がりすぎて、これ以上はあんまり大きな変化を望めないのかも(人間関係面において)ということです。

なぜ、このように感じているのか?以下の文章を読んで頂ければその理由が明確になると思います。

 

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誰と暮らすか?ということの重要性

 

これはリヨンに来てから痛いぐらいに実感しているのですが、「誰と暮らすか?」ってとても重要です。少なくとも平日は1日の半分もしくは3分の2は家で過ごすことになりますから、当然誰と住むかによって生活のリズムだったり、日々の彩りも変わって来ます。

前回の、振り返り記事でも述べましたが、ぼくはリヨンでの家をさがす際に妥協せざるを得ない状況でした。

 

 

別に今の状況が最悪というわけではないのですが、どうしても以前のストラスブールでの生活が基盤にあるため、それと無意識に比較してしまう自分がいます。

今は二人だけで暮らしていて、相方の同居人は48歳と年齢的にぼくとだいぶ離れています。そのせいなのかは分からないのですが距離があるんですよね。以前のように、一緒に飲みに出かけたりということもなく、お互い干渉しない関係で、どこかよそよそしさがあります。

ストラスブールでのルームメイトは、友達以上は当然のこと、家族と言っても過言ではないような存在だっただけに、どうも今の生活は冷ややかで、エンジョイ!と言った生活からは遠く離れています。

気付けばパーティーもしてないし、一人で飯食ってばっかじゃん!みたいな。。

前はとにかく人と知り合う機会がたくさんあったのですが、リヨンに来てから誰かと何かを共感・共有する機会が極端に減ってしまいました・・・。

正直な話、前の家の方が雰囲気も明るくて楽しかったです。

他のところに引っ越せよ!という意見が聞こえて来そうですが、ビザの更新なんかがあり、すぐには出来ないのが現状です。今後引っ越したとしても、短期の滞在になってしまうため、ほかで受け入れてもらえる可能性というのは限られて来ます。(当然、長期滞在の方が貸す側にとっても良いわけですから)

だから、誰とどんな人と暮らすかってモノすごい大事なわけです。そこから広がる出会いや経験はお金では決して買うことが出来ません。フランス語の上達を目的にフランスまで来ているわけですから、誰と暮らすか?というのはそう言った面でもすごい影響して来るはずです。

これに関してはタイミングや巡り合わせや相性、少なからず運といった要素も付随して来ます。

率直に言うと、ストラスブールでの生活というものは愛と温かさに溢れていました。

 

ストラスブールに帰りたい

 

リヨンでも以前のようなルームシェア生活を送っていたら、もしかしたら、こういう発想はなかったかもしれません。また、最初からリヨンで今のような生活を送っていたら「そういうもんなんだ」とその現実を受け入れて終わっていたかもしれません。

上記のような環境で暮らす中、ストラスブールが懐かしく愛おしく、気付くと「ストラスブールに戻りたい」と考えている自分がいました。

過去に戻りたいという意味ではなく、自分が落ち着ける場所、信頼を寄せる人がいる場所で暮らすほうが理想的だということです。

リヨンに発つ前、「お前はずっとストラスブールにいなきゃダメだ!」とか、「リヨンに行けないように誘拐するから!」とも言われました。その時は笑って聞いていたけど、今考えると、決して冗談ではなく、それだけぼくにも愛着や信頼を寄せてくれていたんだなと。

また、ストラスブール時代の家主が彼女と一緒に先月リヨンを訪ねて来ました。一杯やった際に、「いつでも戻ってくるときは言ってくれよ!クリスマス一人ならうちに来ても良いぞ。クリスマスに一人は寂しいからな」と言われました。ここまで言われると、戻らない理由がないし、人としての温かさはもちろんのこと、ほんと家族同様の感情を抱きます。グッと来るものがありました。

日本から遠く離れた外国だからこそ、余計に人の優しさや気遣いが身に沁みます。

 

ストラスブールでのテロ

 

そんな大きな想いをストラスブールに寄せる中、数日前悲劇は起こりました。

幸い、近しい友達や知人はみんな無事でしたが、8ヶ月に渡って生活を共にした街で起こったテロはぼく自身モノすごいショックを受けました。

事件現場もぼくが住んでいたマンションから徒歩15、20分と遠くないですし、その周辺には何度も何度も訪れていました。

ストラスブール自体、普段は本当に平穏で、治安も良く住みやすい街です。

テロがあったからと言って、むやみやたらに危険視するのは良くありません。

実際にそこに人が住んでいますし、ぼく自身も2ヶ月半前までそこに住んでいました。

年末はストラスブールに帰ろうと計画しています。

 

リヨンにいる意義とは?

 

リヨンという街を選択したのは、紛れもなく自分の意志です。

今はまだ、ここに来た必然性だったり意味というのは見出せていません。

しかし、後になって何かが繋がるかもしれません。

何かのキッカケ?で今こうしてリヨンにいることは確かです。

きっとストラスブールにあのままいたら、ぼくは自分に甘えていたかもしれません。

 

まとめ

 

以上、渡仏から10ヶ月経った、リヨンでの2ヶ月経過した現状を振り返ってみました。

ここに来てから苦難というか、悩ましい日々が続いています。

この記事がフランス留学中の方、フランス語を嗜む方の励みや参考になれば幸いです。

では、みなさんボンソワレー!!

 

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