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はじめまして、ズッカと申します!

このブログは、大げさに言うならばズッカという人間の生きざま、趣味嗜好を綴った個人の遺書であり伝記です!

月並みな言葉でいうと、フランス生活、旅行記、音楽などを扱っている雑記ブログになります!

現在はフランス在住で学生として暮らしています。

ここでは、そんなぼくの自己紹介をしたいと思います!

 

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これまでの人生遍歴

 

1989年 帝王切開にて生まれる

2002年 DIR EN GREYにド肝を抜かす

2006年 バンド活動を始める

2009年 就職する

2013年 会社を辞めてニート生活を送る(その間に初めての海外旅行でフランスに行く)

2014年 2ヶ月だけモンペリエに語学留学する(その後、再就職)

2017年 会社を辞める

2018年 フランスで暮らし始める

 

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ズッカのより詳細な人生

 

幼少時代

 

帝王切開にて母方の地元の病院で生まれました。

ミニカーと戦隊モノ(特にジャンパーソン)が好きで明るく元気な子どもでした。

カーネルサンダースが怖くて、ケンタッキーの前を通るたびに泣いていました(笑

一人称が昔からオレで、それを保育園の先生に注意された際に、すかさず「オレーオレオレオレ♪(サッカーの歌)」と口ずさんでゴマかすなど、昔からちょっとチャラけた一面がありましたね(笑

普段の一人称はオレですが、ブログではなぜか「ぼく」のオレ・・・。

オレ!!

 

小学校時代

 

親が転勤族だったために、小学校は2回変わっています。

転校した当初は毎度なじめず、喧嘩をして徐々にうち解けて仲良くなっていくといった感じでした。

ちょうど、小学校の頃はジャニーズジュニア全盛期で、8時だJを毎週見ていました。

「ジャニーズ入りてええ!!」と思っていましたが、入り方がわからず断念・・・。

お祭りの時は、ロックマンの時計をはめて、夏なのにPUMAの指なしグローブつけたりと、なんかムダに格好つけてましたね。

今思うと、笑えるぐらいにメッチャダサいんすけど、それが小学生の最大級のオシャレっていう(笑

そんな小学校時代はごく普通に、ミニ四駆、ポケモン、デジモン、遊戯王にハマりました。

 

中学時代

 

中学1年生の春に何を思ったのか塾に入る決断をしました。

塾内で行われた数学のテストでたまたま一番の成績を取り、オレ、やればできるんじゃね?と思い始め、進学校への合格を目指し勉強しだします。

今思えば、人生で一番勉強してた時期だったかもしれません。

学年トップの成績を取ることもありました。

でも、何のために勉強するのか全くわかりませんでした。

今思うと、当時通っていた塾がスパルタだったこと、テストで良い点を取ることで自分の身を守っていたのかも。

テストで良い点を取ってさえいれば誰にも文句を言われない、そんな考えでした。

しかし、致命的なことに、この時のぼくは、特に将来こうなりたいって像もなく、興味を示せるものもありませんでした。

部活はサッカー部に所属していましたが、やる気のない常にベンチ入りのベンチくん。

テストが近づくと、仮病でずる休みしてまで家でテスト勉をすることもありました(笑

全くもってセコいガリ勉だ!

そんな傍ら、少しずつ音楽に目覚めていきます。

浜崎あゆみ、B'z、GLAY、Mr.childrenとか誰もが知っているであろうアーティストを好んで聞いていました。

中二の夏のある日、ついに、それまで見たことも聞いたこともない、DIR EN GREYという得体の知れないパンドラの箱に手を出します。

彼らの奏でる音楽は、それまで聞いてきた音楽とは全く違いました。

危険で毒々しい見た目、生々しくて攻撃的で鋭い歌詩は、思春期真っ盛りのぼくに強烈に突き刺さりました。

それまでぼくが抱えていた鬱憤や悩みをすべて蹴り飛ばすような彼らの存在は、まるで、かつて自分が幼少期に熱中して憧れたヒーローのよう。

気づけばオレもこうなりたい!と思っていました。

エレキギターを親にねだって買ってもらい、ぼくは音楽にのめり込みます。

勉強がそっちのけになり、みるみるうちに落ちていく成績。

本当はバンドがやりたいのに、「なんで勉強しなきゃいけないんだろう?とても窮屈で縛られた日々だな」とこの頃から思うようになります。

それでも、当時の塾の先生が怖かったので、怒られたくがないために勉強を続けました。

そして、将来大学には進学したくないという思いから高専への進学を考えます。

 

高校・専門時代

 

試験をパスしたぼくは、高専という高校と専門が一貫した学校に5年間通います。

専門は電気。

中学の時とは違い、塾のしがらみからも解放されたぼくは、毎日毎日音楽にどっぷりと浸かります。

バンド活動とバイトに明け暮れた生活。

中学生までは、DIR EN GREYをキッカケに主にヴィジュアル系とカテゴライズされる音楽に傾倒していましたが、邦楽洋楽問わず、とにかく色々なジャンルの音楽を聴くようになります。

音楽に明け暮れ、勉強はほとんどしなかったので、当然成績はいつも下から数えた方が早く、毎回毎回、追試や再試の常連。

とりあえず授業には出ておき、誠実さをアピールしつつ、授業中は寝るといった秘儀を習得。

そして、テスト後に追試を交渉するために「オレ、いつも授業はちゃんと出てるじゃないっすか!」と謎の真面目アピール。

結果、一度も留年することなく卒業し、世渡りの仕方を学びました(笑

上記の写真(ライブ終了後に楽屋でフザけていたときのもの)がそのいい加減さを物語っています(笑

当時のぼくは、ライブハウスとスタジオに入り浸っていました。

ときには学校を途中で抜け出し、レコーディングやライブのリハーサルに行くということも。

バンドに関わることすべてが楽しくて、「ずっとこんな日々が続けば良いのにな」と思っていました。

しかし、現実はそうは行きません。

周りの友達は就職活動や進学活動に励み、大手企業への就職や有名大学への編入を決めていましたが、自分は「バンドやりたいし就職なんてどうでもいいや〜」という感じでした。

そんなチャランポランなぼくは「とりあえず就職しろ!」と親に一喝され、渋々就職することになります。

 

就職

 

高専時代の同級生の父親が経営する会社に就職しました。

写真のように、金髪で会社員やってました(笑

 

この頃、何度街中でホストに勧誘されたことか・・・もしホストやっていたら、すでにこう言っていたでしょう。

「オレかオレ以外か」

 

社長が「バンド活動を優先させて働きたい」という自分の意向を理解してくれていたため、平日ライブのときは有給をうまく使いながら、多いときは月8本というライブをこなし、色々な地へ出向いてライブを行なっていました。

しかし、バンドは解散してしまいます。

また新たにバンド活動をしようと試みましたが、なかなか互いにいいと思えるメンバーに巡り逢えず、宙ぶらりんな状態が続きました。

今まで熱中していたものが突然なくなってしまい、とてつもない虚無感が支配していくのでした。

なんともパッとしない日々。

将来のことなんて考えたくもないし、このままここで仕事を続けていても何も希望がない。

家と会社の往復で毎日が陰鬱でした。

早く、ここから抜け出さなきゃ。こう思ってました。

ある程度の仕事も出来るようになり自信がついたぼくは、4年間勤めた会社を辞めることにしたのです。

2013年の春でした。

会社を辞めて何がしたかったのか?

なんとなく不自由を感じていたそれまでの生活から脱して、とにかく新しい世界に飛び込みたいだけでした。

 

離職〜初海外でフランスへ!!

 

会社を辞めてプー太郎生活を送りながら、次の展開について考えていました。

そんな時に転機が訪れます。

忘れもしません、あれは母と妹と三人でイタリアンレストランに行ったときのこと。

母が唐突に「仕事もしてないし、時間もあるんだから海外旅行にでも行ったらいいのに」と声を掛けたのでした。

それまで海外なんて、意識したことは一度もありません。

「まあ、死ぬまでに一回は行ってみたいよねえ」とかその程度。

妹が海外旅行に行ったときも、「へえ〜そうなんだ〜」と他人行儀。

「あー、ロンドンってロックの聖地だから一回ぐらい行ってみたいな〜」

ほんと、それぐらいにしか考えたことがありませんでした。

「試しにどこか行ってみるか〜」と乗り気になったぼくはどこへ旅行しようかと、本格的に考えるようになりました。

当初の候補はイギリス、スペイン、イタリア、フランスの四択でした。

妹がすでにフランスに行ったことがあったので、なんとなくフランスへ行くことに決めました。

スーツケースがなかったので、丸の内のリモワで、当時一番いいスーツケースを買うという本気っぷり。

初めての海外旅行は不安もあったので、HISのツアーにおひとり様での申し込み・・・周りはカップルや親子連れで、おひとりさまは自分だけっていう(笑

最初で最後のツアー旅行。

パリでの自由行動のときに、中学のガリ勉時代に習得した英語を街中で使ったら普通に通じたんです!!

もう、これがめちゃくちゃビックリしました。

スゲー、こんなので伝わるのか!!って(笑

この時の衝撃は、中学生のDIR EN GREY以来のイナズマが落ちるような感覚っていうんですかね。

それで、これフランス語を勉強したらもっと人生楽しくオモシロくなんるじゃないか!?って。

バカみたいな話なんですけど、初めてフランスを訪れた時に、自然と、将来自分がフランスで暮らしている像がパッと見えて来たんです!!

例えるなら、それまでの人生の迷いの霧が一気にかき消されて晴れた感覚って言えばいいのかな。

それで、フランス語を勉強して、必ずまたこの地に戻ってこようと強く胸に誓いました。

また、この旅行を通して、それまで自由に生きてきたつもりでしたが、もっと自由に生きていいんだと思うようになりました。

会社を辞めて自由になった当初は、感覚が鈍らないうちに早く次の就職先を見つけようと意気込んでいましたが、この旅行後はもっと人生気楽で良いんだなと思わされたのでした(笑

 

 

再就職〜フランスで暮らし始めるまで

 

初めてフランスを訪れてから、就職がどうでもよくなり、フランス語と音楽と戯れながらのニート生活が一年続きました。

この一年間の間に4回(うち3回は短期の旅行、うち1回は2ヶ月の留学)フランスへ行きました。

気づけば、寝ても覚めてもフランスのことしか考えられない日々。

 

 

2ヶ月の留学を終え、帰国した自分は貯金も尽きたので、また働き出すことに。上の写真は渡仏前の会社員時代。

学生時代とこういうフザけたノリは変わってないですね(笑

そして、3年半勤めた会社を辞めた現在、念願のフランス生活を送り、毎日フランス語に慣れ親しむ生活を送っています。

 

ズッカの好きな音楽

 

ここでは好きな音楽についてサラッと紹介します!

基本的に割となんでも聴きますが、強いて言えば口ずさみたくなるキャッチーな音楽が好きです。

好きなアーティストが沢山いすぎて全部は書ききれません!!

 

ヴィジュアル系

 

cali≠gari

DIR EN GREY

deadman

lynch.

LUNA SEA

蜉蝣

etc...

最近のヴィジュアル系についてはまったくわかりません・・・。

中学校の頃にリアルタイムで感じていた2002年頃のインディーズシーンが青春ですね。

FOOL'S MATEが毎月の楽しみでした。SHOXXではなく、FOOL'S MATEなんです!!

初めてライブというものを体感したのは、中三のときで蜉蝣でした。

10代の頃に愛聴していたアーティストは今でもよく聞きますし、新譜も購入します!!

 

邦楽

 

BRAHMAN

ELLEGARDEN

JUDY AND MARY

THEE MICHELLE GUN ELEPHANT

the brilliant green

THE YELLOW MONKEY

PIZZICATO FIVE

小島麻由美

椎名林檎

東京事変

etc...

 

特に90年代の邦楽・JPOPが好きです!

初めてBRAHMANのライブを見たときは、その孤高で毅然とした佇まいに一目惚れ。

他のメロコア・パンクバンドとは一線を画していて、とても衝撃的でした。

00年代以降も良いアーティストはいますが、90年代は黄金期ですね!!

 

洋楽

 

Aphex Twin

DEPECHE MODE

DURAN DURAN

GRIMES

KRAFTWERK

LANA DEL REY

NEW ORDER

SQUAREPUSHER

etc...

 

中学生の頃は親の影響もあり、DEEP PURPLEやKISS、LED ZEPPELINなどのハードロックに傾倒していました。

高校生になると、RADIO HEADやMUSE、COLDPLAY、KEANEなどのUKロックに魅せられます。

20歳以降は、電子音楽を好んで聴くようになり、その影響でニューウェイブを好んでよく聴いています。

ここ数年発掘したアーティストの中ではGRIMESがとてもお気に入り。

 

フランス語の音楽

 

Elodie Frégé

Grand Corps Malade

Saez

Stromae

Vanessa Paradis

ZAZ

etc...

 

ここには記載していませんが、もちろんクラシックなEdit Piafなんかも好きです!

毛色はちょっと違いますがDaft Punkなんかも普通に聴きます!!

 

まとめ

 

以上、ズッカについての詳細な自己紹介でした!

ここまで読んだ方は、ぼくの半生を知ったも同然です(笑

どうぞよろしくお願いします!!

 

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