【フランス留学】5年ぶりにモンペリエのホームステイ先を訪れた。
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ボンソワー、ズッカです!

先月、5年前に初めての海外短期留学、初めてのフランス留学で当時2ヶ月間滞在をした南仏のモンペリエを訪れてみました。

 

 

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モンぺリエ再訪の経緯

 

これまでずーっとモンペリエに行きたいなと思っていたけれど、タイミングだったり自分の中で「まだだな」という気持ちがあって行くのをためらっていました。

ふと、四月のバカンスの際にモンペリエに行こうと一度思い立って、当時のホームステイ先にメールを送りました。リヨンからだ南仏へのアクセスが良いので、ここに滞在しているうちに行くのが絶好のチャンスだなと。

しかし、エラーメールが帰ってきました・・・フランス語で言うところのオロローです(笑

結局、そのときは諦めて、エレオノーラという以前のルームメイトに会いにイタリアに行くことにしました!!

この子がめっちゃ愛らしいんだな、コレが!

それはさておき、一ヶ月後、もう一度以前のステイ先にコンタクトを取るべく、電話をかけることにしました。しかーし、繋がらなかったので留守電を残すと、数日後に折り返しの電話があり、モンペリエ行きが確定。

6月1日付けでリヨンのアパートを引き払うことになっていたため、マルセイユの友達に会いに行くのと合わせてモンペリエに寄ることにしたのです。

 

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5年ぶりに訪れたモンペリエの街並み

 

マルセイユからモンペリエまではOUI BUSで向かいました。

バスがモンペリエで停車し、市街地まで繋がるトラムに乗った時点からすでに高揚感と変な緊張感が混ざり合っていました。

コメディ広場で下車すると、当時と何ら変わりない空気と雰囲気がぼく包み込みました。

懐かしさももちろんそうなんですけど、昨日までここにいたかのような不思議な感覚。

五年前のあの当時から自分が思い描いているものだったり、向いている方向は何も変わってなくて、当時の延長線上をこれまでもこれからもこのまま流れに身をまかせて進んでいくのだろうと、なんとなく感じました。

昔の初々しさや当時の細かな想い出がぼくを包み込んだのは言うまでもありません。

ここ毎日歩いていたなーとか、日が昇るまで夜遊びして朝焼けを見たなーとか、色々なことを回想しました。

二ヶ月というわずかな期間ではありましたが、本当に良い時期に滞在していたんだなと。晴れの日ばかりで、雨なんて本当に稀に見るくらい。

催しもLa fête de la musiqueやFISEと見所満載でした。(上記の画像は2014年のときの)

 

いざ、ホームステイ先へ訪問!

 

おそらく、ぼくにとって最初で最後のホームステイ先にも訪問しました。

学校からすぐのコメディ広場からステイ先までの道のりを徒歩で辿ると、ちょうど僕が過ごした当時の季節と重なることもあり、日差し、風、気温、雰囲気、すべてがカチッと一致しました。

見慣れた通りを歩き、邸宅を前に呼び鈴を鳴らし、ドキドキしながら待つ自分・・・。

扉が開くと、出で立ちは当時と何ら変わらない、顔には少しばかりシワが増え、当時とは違うヘアースタイルの髪の伸びたマダムが出迎えてくれました。

すっかり小慣れたような雰囲気でビズを2回すると、「モンペリエは3回よ」と言われ、3度目のビズを交わしました。

暖かな日差しを浴びながら、庭でお茶を飲み、当時はできなかった深い話をする時間は至福で、グッとくるものがありました。

飛行機が空を横切る音、庭から見える空の景色、風の心地、すべてがあの当時の佇まい。

参考までに、当時いたステイ先の写真を少しばかり載せます!

庭で孫たちと遊んだこと、バーベキューをしたことなんかを思い出しました。

実は、リヨンでマダムからの折り返し電話があったとき、近いうちに引っ越すことを伝えられました。

詳細は実際にあったときに聞いたのですが、大まかに要約すると、今住んでいる土地を売って、田舎へ引っ越し、これまでの土地には今後マンションが建つとのことでした。そのような案件が3年ほど前から浮上し、それ以来外国人学生の受け入れはしていないそうです。

もし、あのとき電話をしてなかったら、連絡先がわからなくなりコンタクトが取れなくなってたかもしれない。この機会が引越し前の訪れるタイミング、巡り合わせだったのだろうとこのときに思いました。

だから、今回の再訪は、ぼくの想い出が詰まっているホームステイ先を見納める最後の機会でもあったのです。

次にまた来ても、誰もいないし、家もないことを考えると、とても寂しい気持ちでいっぱいになりました。

いつかは、カタチあるものは姿形見を変えていくのです。

それでも、目に見えないものは変わらないこともあります。

引っ越しても新居に遊びに行くからと約束を交わしてビズを三回交わし、想い出が詰まった家と庭を目に焼き付けるようにして帰路に着きました。

本来なら、家に泊まりたかったのですが、引っ越し前の準備で忙しいことから、マダムに紹介してもらったモンペリエ滞在時はフランス人男性の家に宿泊。

当時はフランス人の友達が一人もできなかったという苦い思い出?があるので、今回このようにして頼れるべき仲間ができたことは喜ばしい限り。

人と人のつながりの大切さを改めて実感しました。

 

先生との再会

 

以前通っていた私立語学学校、アクサンフランセにも顔を出し、先生にも会って話をしてきました。

当時はサーディアとメラニーという先生がメインで、教えてくれていました。

しかし、時は流れ、メラニーは何年か前に学校を離職し、サーディアにしか会うことができませんでした。

懐かしい話に花が咲き、ぼくはいつも通りに会話をしていました。

先生から「前にここであなたを教えていたときは言葉を探しながら喋ってたのに、今はもうフランス人みたいに話してるじゃない!それに、昔はちょっと恥ずかしそうに話していたのに、前よりも笑って楽しそうに話してるじゃないの!」と言われ、なんだか照れくさく嬉しくもありました。

それは紛れもなく当時の先生のおかげです。ぼくが短期の留学を終えて、日本で働き出して、仕事を辞めてフランスに再び身を置いてからこの日に至るまで、当時の楽しかった日々がぼくを鼓舞しここまで導いてくれたことは言うまでもありません。

当時、モンプリエを離れるとき、当然のように寂しさを感じましたが、だからといって遠い存在になってしまうとは全く感じませんでした。

それは、「次にモンペリエに戻って来るときにはもっと話せるようになってやる!」という熱意とも捉えられる執念?が、必ずまたここに自分を連れてくることを知っていたからです。逆に言えば、「コレぐらいのレベルまで行かないとモンペリエには帰れない」と言う気持ちがあったのも確か。

いつの間にか段々と話すことに慣れていき、不自由さを感じずにコミュニケーションを取っている自分が嬉しくもある反面、何もかもが新鮮に感じられた昔の感性が段々と鈍くなっていくことを寂しいと思ってしまうのは贅沢なのでしょうか・・・。

ぼく自身としては、気持ちは当時となんら変わりないつもりだったのですが、自分の知らないところで会話の時の仕草だったり、話し方は変化していたのかもしれません。フランス語初心者だった頃のぼくを知っている先生の反応はダイレクトです。そう考えると、まだ右も左もわからなかった頃の自分を知っている人は今となってはとても貴重な存在です。

そんな初心者の頃の自分を知っているからこそ、先生もきっと嬉しかったんだろうなって強く感じました。

まとめ

 

人生の中でも2ヶ月というわずかな期間しかここでは学びませんでしたが、これまで過ごしたどの土地よりも濃厚で濃密だったのは間違いありません。

今のぼくがこうしているのも、モンペリエという土地で快適に楽しい日々を毎日過ごせたからです。

今回、このようにして素敵な再会をできたことをありがたく思うと同時に、次の再会を今から心待ちにしています。

では、みなさんボンソワレー!!

 

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