あれから7年が過ぎて。

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ボンソワー、ズッカです!

3月も早いもので中盤に差し掛かろうとしています。

東日本大震災があったときのことについて、今日は少し遡って振り返ってみようかなと。

 

あれから7年の月日が過ぎて・・・

 

朝起きて「日本は今頃何時か〜」と、いつものように時計を見ました。

ぼくが寝ている間に日本時間ではすでに14:46を過ぎていました。

きっと、今日という1日をいつもとは違った風に捉えて過ごした人は多いことかと思います。

ぼくもそのうちの一人です。

3月11日、あれから早くも7年が経ちました。

世の中が混沌とした雰囲気に包まれていたのをよく覚えています。

週末目前の金曜日の午後で仕事をしていたときのこと。

突然、めまいがするような感覚に襲われて、なんだ?と自分を疑いました。その後、船に乗っているときのような気持ち悪い揺れがしばらく続いて、これは地震だということに気が付きました。

ぼくが住んでいた地域では、そこまで大きな揺れを感じなかったので、その時はその大事さに気付きませんでしたが、家に帰りテレビを観た時に初めてこの地震が未曾有のものであることを知りました。

画面に映し出される津波や被害の映像は、あまりにも現実離れしすぎていて、とても同じ国で起きていることとは思えず、受け入れるにはショック過ぎるものがありました。

仕事が立て込んでいたこともあり、翌日は休日出勤だったので、なんとも言えない感情と胸騒ぎを感じながらその日は床に就いたのですが、地震があった翌日早朝、ぼくが住んでいた地域にも大きな地震が起こったのです。

幸い、ぼくの住んでいた地域は大きな被害はありませんでしたが、少し離れた地域では家屋が倒壊し、もともと過疎化が進んでいた地域だったこともあり、お年寄りの方々が孤立状態に陥りました。

この地震を受けて、他人事ではないということを強く実感させられました。

それでも、休日出勤は変わらず、「なんで、こんな緊急時なのにも関わらず仕事をしなきゃならないんだ」と心の底では強い憤りを感じながら仕事をしていました。ラジオの速報に気を取られながら、図面を起こしていたことを鮮明に覚えています。子供たちを励まそうと流れてきた「アンパンマーチ」が強く印象に残っています。

当時はぼくの人生史上で一番辛い時期だったこともあり、悪い意味で未来のことを考えることができませんでした。

自分の生き方に強く疑問んを感じては、ぼんやりとした毎日が続き、音楽に触れること、曲を作ることだけがぼくのフラストレーションを解放してくれたように思います。仕事を終わって帰宅すると、曲を作るのが当時の日課でした。

そして、現在、7年という時間が流れ、ぼくはその間にフランス語を勉強し始め、二つの会社を辞め、フランスにやって来ました。

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誰がそんなことを予想していたでしょうか。

20代前半だったぼくは20代最後の歳を迎え、当時よりは大人になったのかな?

音楽、ファッション以外にもフランス語、ブログ、と自分を表現できる場所を手に入れられたことはとても大きいです。

FREEBRLEももう時期開設から1年を迎えます。決して更新頻度は高いとは言えませんが、それでも自分のペースで書き続けることが大事だと思っています。

間接的ではあるかもしれませんが、少しでも誰かの役に立っていれば幸いです。

では、みなさんボンソワレー!!

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