退社後の時間は残業代以上の価値がある!

ボンソワー、ズッカです!

今日は気胸から職場復帰して以来、初めて残業をしました。

そこで感じたこと、思うことを単刀直入にぶつけます。

 

 

1700円。

残業を時給換算した際のぼくの価格です。

安いか高いかは人ぞれそれ。

ちなみにぼくからすると、この価格が安かろうが高かろうがそれはどうでもいいこと。

そんなことよりも、ぼくは残業がしたくない。

ただそれだけなのです。

仮にこの時給が五千円だろうが一万だろうが、残業をしたくないという気持ちは変わりません。

なぜなら、今の仕事がつまらないし、それよりも使いたい時間があるから。

今日ぼくは2時間ほど残業をしました。

どうしても今日中に片付けなければならなかった仕事があったから。

これは、社会人として雇われの身で働く身分としては仕方のないことなのかもしれません。

なんで、ぼくがこんなに残業を嫌うのか?

「自分の時間を、自由な時間を奪われたくないから」に尽きます。

ぼくは3400円と引き換えに自分の時間を奪われました。

この2時間でぼくは何ができるだろう?と考えてみました。

読書ができる、ブログが書ける、フランス語の勉強ができる。

ぼくが消費した2時間は、投資の2時間になり得たのです。

3400円を払って自分の時間を買い戻せるなら、ぼくは自分の時間を買うでしょう。

会社側からしたらぼくの1時間は1700円の価値しかありませんが、ぼく個人からしたらぼくの1時間は決してお金では買えない価値があるのです。

このまま会社勤めをしたところで、5年先のぼくの1時間あたりの単価なんかたかが知れてます。

しかし、ぼくがこうして毎日自分に時間を投資することで5年先の単価は3倍、いや5倍にすることも不可能ではないかもしれない。

その可能性をぼくは信じています。

だから、ぼくは自分の好きを突き詰めるのです。

そのために時間が必要なんです。

 

そんな傍で、定時を過ぎたのにもかかわらず、仕事とは全く関係のない無駄話を30分も1時間も話し込んでいる方々が目につきます。

多少の雑談はぼくもしますが、さすがに長時間に及ぶことはありません。

こちらとしては早く仕事を終わらせて帰りたいのに、こういう方々がなぜ時間を無駄にし、挙げ句の果てにだらだらと残業代のために仕事をするのか?

とても理解に苦しみます。

残業代という目先のお金に踊らされて、貴重な時間を無駄にしてしまうなんて馬鹿げています。

その貴重な時間の使い方次第で、ぼくらは学び、情報を仕入れ、考えて行動し、いくらでもお金を生み出すことができるかもしれないのに。

それでも、こういう話をしたところで「ムリだ」と決め付けれられ、「テキトーに残業した方がいいじゃん」と結局ラクな方へと流されてしまうのです。

先日、職場の何人かにぼくはこんな質問をしました。

みんな仕事がイヤだという人たちです。

「月給100万だとして今の仕事を続けますか?」

すると、予想通りの答えが返ってきました。

「月給100万ならやる!」

つまりは、お金のために働いてるということなんです。

ちなみに月給100万だとしてもぼくは今の会社を辞めます。

だって、たかが月100万のために興味のない仕事をしながらこの狭い世界に閉じこもるなんて何が楽しいんだろう?

他に面白い生き方がいくらでもあるのに、あえてそうする意味がわからない!

厳しい言い方になってしまいますが、上記の質問にノーと言えないような人は「仕事辞めたいな」、「好きなことを仕事にしたいな」と思っていたとしても実際に行動に移せない人が殆どでしょう。

最終的にはお金にたどり着き、安定を求めてしまうのだから。

なんか、これが現実かと妙に安心した気持ちもあれば(自分と同じような考えの人が多くなくてよかったという意味)、なんでこんなつまらないんだろう?とどこか冷めた気持ちがあったのも事実です。

どうせなら自分の好きなことをして社会に貢献したいじゃないですか。

その方が得られるものも多いに決まってる。

 

 

先日、昔バンドを一緒にやっていた友人に再会しました。

彼は今も東京で音楽を続けています。

そんな友人である彼が、最近ドラム教室の講師として採用されたという話を耳にし、ぼくは自分の事のように嬉しくなりました。

彼は他にもバイトをしつつ、ドラム講師として仕事をしています。

長年続けてきた大好きなドラムを仕事にできたのです。

自分の大好きなことでお金をもらえることの喜びを彼はぼくに語ってくれました。

「ああ、これだよな」とぼくは心の中で頷きました。

 

では、みなさんボンソワレー!

 

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