生活にまつわるお金とぼくらの付加価値のおはなし。

ボンソワー、ズッカです!

術後の影響による咳がちょい辛いです。

今日は生活とお金とぼくらの付加価値について考えてみました。

ではいってみますか〜

オニヴァ!

 

生活にまつわるお金

 

何をするにもお金がないことには生活していくことができません。

衣食住。

この三つがぼくたちの生活の大元になっていることは、みなさんもご承知の通りだと思います。

上記を逆説的に考えると、お金があれば生活はできるということにもなります。

中にはお金で愛は買えるとか、お金があれば何でもできるといった考えの方もいるかもしれません。

そういった考えは個人の自由ですので、ぼくは否定も肯定もしません。

一見すると、お金がすべて?となるかもしれません。

でも、ぼくが主張したいのは、あくまでお金は個人個人の欲求を満たしてくれるための道具にすぎないということです。

もう一度繰り返しますが、ぼくたちの生活は衣食住を基盤としています。

極論ですが、これさえ補えれば生きていくことはできます。

そこに個々の欲求やエゴが付随することによって、衣食住の質は変わります。

その質を変えるための手段に用いられるのが、そう、お金なんです。

人によっては、高級な洋服を身に纏いたいとか、毎日外食が良いとか、家は新築マンションが良いとか色々とこだわりがあると思います。

このこだわりが強くなればなるほど、お金が必要になってきます。

ここで言及しておきますが、生活においてこだわりを持つということは悪いことではありません。むしろ大切です

注意すべきはこだわりの折り合い

自分に無理をさせない、負荷をかけすぎないこだわりが理想です。

衣食住について言えば、過度なこだわりを持たなければ最低限の生活ができます。

 

生活における変化と適応

 

自分が実際に体験した身近な例えを紹介します。

ぼくは湯船に浸かるのが大好きです。

しかし、気胸になり昨日まで浸かることができていませんでした。

昨日の久しぶりの湯船の心地よさは普段とは格別でした!

お風呂に入ることができなかった期間、最初は正直イヤだなと思いました。

ですが、三日もすれば慣れるんですよね。

このままでもいいかなとすら思えました。

思い返すとフランスに短期留学していたときもそうでした。

「この地にずっといられるなら、シャワーだけでもいいや」とぼくの気持ちは自然と適応していきました。

食に関しても、毎日パンを食べていましたが、特にご飯が食べたいと思うことはありませんでした。

ぼくたちは必要に応じて、その環境に応じて、適宜適応することが出来るんですよね。

仮に明日からスペインへ行け!と言われたら、ぼくはその地で生きていかなければならないので、スペイン語を学ばざるを得ませんし、ぼくはどうしても今のこの環境を変えたいと思っているからこそ、そこから抜け出す術を思考することができます。

そうでなければ、現状に固執したままの状態。何も生まれませんし、何も変わりません。

これが生活していく、生きていくことの原点なんです。

 

余裕と工夫の関係

 

ぼくは正直、お金に執着心がありません。

あればあるで嬉しいけど、なければないで別に構わないといった考えです。

お金がなきゃないなりに工夫しますし、どうしようか知恵をふり絞り考えます。

今の生活におけるこだわりも適宜適応させればいいだけの話です。

逆説的に考えると、時にお金があることによって、それはぼくらの工夫の妨げになるのではないか?とも考えます。

東日本大震災が起きた時に関東では計画停電が実施され、ネオンの明りは自粛されていました。

これは電力不足による、政府と電力会社の工夫だったのでしょう。

束の間の対策でした。

余裕があると工夫して無駄を減らそうという発想すら生まれません。

また、今は会社に行くことが出来ていないので、給料が出ません。

いくら高額医療負担が効くとは言っても気胸の治療費はそう安いものではありません。

ですが、普通に働いていたら得られないであろう時間が、今ぼくには与えられています。

ぼくはこの時間の中で、こうして今書いているような内容を頭の中で整理して、将来について考えて工夫します。

これはこれでいいかなと割り切っていたりもします。

もちろん健康で毎日いられることが理想ですけどね。

気胸になって改めて感じました。

 

ぼくらの付加価値とは?

 

もし仮に、住むところも着るものもお金も何もかもが失くなったとします。

何も持たない丸裸の自分という人間の価値は何か?と問われた時に最終的に残るのは、その人を司ってきた経験しかないのです。

その経験が他人とは一線を画したものであればあるほど、その人自身の価値は豊富で希少性のあるものに変わります。

当たり前の話ですが、誰でも出来るようなことであれば、対する報酬もその程度のものです。

今の給料が物語っています。

逆に誰にも出来ないことだからこそ、対する報酬が高まるのです。

普通の人ができないような経験をした人は、それだけで魅力がありますし、発想も豊かで話も聞いていて面白い。

そんな人に憧れませんか?

きっと多くの人がそうであるはずです。

ぼくはもっと面白い人間になりたいと常々思います!

 

おわりに

 

ここ数日は読書をすることが多いです。

本を読んだりして感化され、改めて自分の意志を確認し想ったことについて今日はまとめてみました。

お金じゃない、人とは違った価値のある経験が欲しい。

では、みなさんボンソワレー!

 

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