ぼくは”普通という生き方”ができない

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ボンソワー!チョコが止まらないズッカです!

感じること、想うこと、今日も綴ります。

突然ですが、みなさん”普通”ってなんでしょう?

 

 

普通という生き方ができない

 

ぼくは所謂、世間一般でいう普通の生き方ができないのかもしれません。

普通の生き方と言われたら、どんな生き方を想像しますか?

おそらく多くの方が、雇われの身で会社員をし、結婚して家庭を持つことを想像すると思います。

統計的なものは知りませんが、ぼくも同じことを考えます。

こういう生き方が悪いと言っているのではありません。

でも、ぼくにはどうしてもこういう生き方ができないのです。

合わないのです。

とても窮屈に感じてしまいます。

今、ぼくは俗にいうサラリーマンという位置にいますが、この先も今と同じような境遇にいる自分を想像することができません。

仮に、数年後も今と同じ会社で、同じような働き方をしているというのを想像しただけで、正直ぼくはとても絶望します。

すごい狭苦しくて、息が詰まりそうになります。

それはぼくの思い描く未来、自由とあまりにもかけ離れているから。

ぼくは数年後の未来を常にイメージしています。

3年後、5年後、10年後、どんな自分でありたいか?

何ができるだろうか?誰のために?なんのために?

こんなことを日頃から考えています。

やりたいことがあるから、夢があるから、ぼくはそれに向かい、今を生きることができています。

本当に本当にごくわずかではありますが、自分の想像する未来に向かい毎日毎日歩んでいます。

だから、ぼくは未来が楽しみ。

準備が整ったら会社を辞めてやる!(無論、もともと辞める前提で入ったけど)

海外の面白さを知ってしまった今、尚更もう普通に生きることはできません。

自分の先祖が関わることのなかった人たちと、異国の言語で通じ合う。

これって冷静に考えると、すごいことですよね。

まだまだ知りたい世界があるし、観たい景色、逢ったことのない人、まだ体験・経験していないことを今後もっともっと味わいたい。

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そして、何より勉強がしたい!!

これがぼくにとっての普通という生き方なのでしょう。

 

では、みなさんボンソワレー!!

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